高速バイオSPMイメージングのロードマップ
Roadmap of High-speed Bio-SPM Imaging

安 藤 敏 夫
Toshio Ando

金沢大学理工研究域数物科学系
Department of Physics, Kanazawa University

  1. はじめに
  2. 高速AFMが必要とされた理由
  3. 高速AFMを実現した技術と現在の性能
  4. 生命科学が求める高速SPM
  5. SPM装置開発とバイオSPMイメージング研究のロードマップ
    1. 高速AFMと分離精製された生体分子のダイナミクス観察
    2. 液中周波数変調高速AFMと超解像観察
    3. 高速AFMによる細胞やオルガネラのダイナミクス観察
    4. 背の高い試料の高速イメージングに適したHopping-mode高速AFM
    5. 真核細胞上の分子プロセスを観察可能とする非接触高速SPM
    6. 細胞内で起こる動的現象の観察を可能にする高速SPM
  6. おわりに
  7. 付録:高速AFMで撮影したタンパク質の動画映像

1. はじめに

 従来の原子間力顕微鏡(AFM)の走査速度を1,000倍高めた高速AFMは,2001年の初期の装置1)を出発点として様々な改良と原理検証の段階を経て既に実現し2),生体分子などで起こる様々な動的現象の詳細理解に向けて応用研究が進みつつある3-6).この現段階での技術を基盤に,今後どのようなバイオイメージング研究が進展し,また、どのような性能・機能をもつバイオイメージング用の高速SPMが誕生するであろうか.「必要は発明の母」であるので,装置開発については、どのようなことが技術的に可能であるかということを考慮しつつも,どのような観察が必要とされているかという視点でロードマップを考えることにする.ここで示すロードマップが新たな研究展開の方向を指し示す道標になれば幸いである.

2. 高速AFMが必要とされた理由

 生体分子,特にタンパク質の機能メカニズムの解明にとって,「構造」と「ダイナミクス」は重要な情報である.構造解析には,X線結晶構造解析,電子顕微鏡,NMRが利用され,原子レベルの詳細な構造情報が得られる.但し,静止構造に限られる.一方,ダイナミクスについては,蛍光顕微鏡や光ピンセットナノ計測法が利用され,1分子レベルで機能中の動的な振舞いを観察することができる.但し,タンパク質に導入した蛍光分子など光学プローブの点のダイナミクスに限られ,タンパク質分子そのものは観察できない.すなわち,構造とダイナミクスを同時に調べることはできず,空間時間分解能に大きなギャップのあるデータから機能メカニズムを推測するしかない.

 ところで、1986年に誕生したAFM7)が生命科学にも大きなインパクトを与えたことは,誕生直後から様々な生物試料の観察が試みられた事実から明らかである.様々な試みの中でも,フィブリンの凝集過程8),細胞のウィルス感染9),抗体とS-layerとの結合解離10)といった動的プロセスの観察が試みられたことは興味深い.AFMの発明者のひとりであるBinnigは1992年に,「生物学において,AFMは頻繁に使われるようになるであろう.なぜならば,諸過程のFilms(映画)を配給する能力があるからである」,と述べている11).このことから明らかなように,AFMは誕生直後から,生きた生物試料の構造とダイナミクの両方の観察を可能にするものとして期待された.しかし,1画像を撮るのに分のオーダの時間がかかるため,動的プロセスを高解像で撮ることは不可能であった.Binnigの予想が現実のものとなり,高い空間時間分解能で構造とダイナミクスの同時観察が可能になるためには,AFMの高速化は必須であったのである.

3. 高速AFMを実現した技術と現在の性能

 バイオ用の高速AFMではTapping modeが採用されている.AFMの高速化には,①フィードバック帯域の向上,②高速走査で生ずるスキャナの振動の抑制,そして,③探針・試料間の接触力の低減,の3点を実現する必要がある.これら3項目は独立ではなく,互いに関係している.フィードバック帯域の向上には,フィードバックループに含まれるすべてのデバイスの応答速度を上げる必要がある.そのために,微小カンチレバー1,12,13),高速スキャナ1,2,14-16),ZスキャナのQ値制御17),高速振幅計測1,2),そして,微小カンチレバー用の光てこ光学系1,18)が開発された.振動抑制のために,カウンターバランス法1,2),カウンターバランスのためのピエゾ素子の固定法16),そして,Q値制御法17)が開発された.探針から試料にかかるXY方向の力の低減化は,フィードバック帯域の向上で図られたが,Z方向の力の低減化は,PID制御のパラメータをイメージング中にリアルタイムで自動調節できるダイナミックPID法で図られた19)

Figure 1 Dynamic processes of proteins captured by high-speed AFM. (a) Walking myosin V on an actin filament, (b, c) Bacteriorhodopsin under dark (b) and light illumination (c) conditions, (d) rotary propagation of conformational change in rotorless F1-ATPase. See their movies.

 現在のフィードバック帯域fBは110kHzに達している.1画像を撮るのにかかる最小時間Tは,fBの他に,X方向の走査範囲W,走査線数N,試料凹凸の観察すべき空間周波数1/λ,そして,試料のもろさで決まるフィードバック走査の最大位相遅れθmの関数であり,

T = πWN/(2λfBθm), (1)

と表される20,21).例えば,W = 200 nm,N = 100,λ = 10 nm,θm = 20°とすると,T = 80 msとなる.この性能により,例えば,光に応答するバクテリオロドプシン3),アクチンフィラメント上を歩くミオシンV4),回転軸のないF1-ATPaseで起こる構造変化の回転伝搬5),セルロースを分解しながら一方向運動したり交通渋滞するセルラーゼ6)などの動態が観察され,従来の技術では捉えることが困難な現象の発見や従来の常識を覆す発見が続いている.

4. 生命科学が求める高速SPM

 分離精製したタンパク質のより微細な構造の変化を現在の高速AFMよりも更に高い解像度で観察することが望まれている.タンパク質表面にあるαヘリックスやβシートを観察し,それが機能中に変化する様子を観察できれば,機能メカニズムについてより詳細な理解が進むであろう.

 分離精製したタンパク質のトポグラフィーや動的プロセスのみならず,そのタンパク質表面の物性(電荷や疎水性など)の変化や,水和水の局所の変化といった情報は,機能メカニズムの更に深い理解に必須である.例えば,光駆動型プロトンポンプであるバクテリオロドプシンに光を照射したあとに,細胞質側,及び,細胞外側で電荷分布や水和水分布の変化が起こっているはずである.ミオシンについても,ATPase反応のサイクルでそのような物性変化が起こっている可能性が高い.しかし,これらの情報は現在の技術では捉えることができない.

 生体から取り出し精製された状態でのダイナミクスのみならず,もともと存在していた現場におけるタンパク質のダイナミクスを観察することも必要とされている.その現場では,周りの環境や他の分子の関与などがあるため,精製したタンパク質単独での現象とは異なる多様な現象が見出される可能性が大きいからである.また、その場自身の動態を捉える必要がある。例えば,ミトコンドリアや核といった細胞内オルガネラや,神経細胞のシナプスといった高次構造体上にある分子の動態,他の分子とのダイナミックな相互作用,高次構造体の変化に伴うその分子の応答といった情報がより複雑な生命現象の理解に必要である.神経の長期増強と呼ばれる現象を例に考えると,以下のような課題がある.脳海馬ニューロンの高い活動に伴って,シナプスの興奮性は高まり,且つ,その変化は可塑性を示す(長期増強).これは脳の記憶・学習を支える細胞現象のひとつである.長期増強においてスパイン(直径約500nm)の体積も可塑的に増大するが,この増大自身が長期増強に重要な役割をもつ.この体積増大過程において,そのスパイン及びその近傍においてフィロポディアの伸長,膜輸送・エキソサイトーシス・エンドサイトーシスの増大,受容体や他のタンパク質の補充,表面タンパク質の再配置など,真核細胞で一般的に起こる現象を含め,様々な動的変化が起こっているはず.しかし,それらを実際に調べることはほとんどなされていない.500 nmの空間内で起こるダイナミックな現象を高解像で捉える技術がないためである.

 また,細胞内オルガネラや細胞の形態変化をまるごと光学顕微鏡よりも遥かに高い解像度で観察することが必要とされている.更には,形態変化のみならず,細胞内にある細胞骨格,大きなタンパク質複合体,及び,細胞内オルガネラで起こる動的現象を,細胞を生かしたまま観察することも望まれている.実際に生きている細胞で起こる様々な現象を高い空間時間分解能で正確,詳細,且つ,直接観察することが切望されているのである.

5. SPM装置開発とバイオSPMイメージング研究のロードマップ

 以下に述べるロードマップの概要を図2に示す.

Figure 2 Roadmap of high-speed bio-SPM and bioimaging studies.

5.1. 高速AFMと分離精製された生体分子のダイナミクス観察

 分離精製された生体分子のダイナミクス観察を可能にする高速AFMは実現したが,ユーザの数は未だ限られている.それでもこの3年間で高速バイオAFMイメージングの論文発表が急速に増え,既に40編以上の論文が出ている.上記のバクテリオロドプシン3),ミオシンV4),F1-ATPase5),などの我々の観察の他に,膜タンパク質であるFoのC-ring間の相互作用22),アミロイド様繊維の形成過程23),P2X4受容体のATP依存的チャンネルの開閉と構造変化24),DNAナノロボット25)を含む種々のDNA折り紙におけるダイナミクスなどが観察されている(最近の総説を参照20,26).2011年に(株)生体分子計測研究所から最新版の高速AFMが市販化された.それ故,高速AFMによる観察研究は益々活発化し,多くのタンパク質などで新しい発見が続くものと予想される.おそらく10年後にはタンパク質の機能解明研究において高速AFMは広く共通基盤技術として利用されているものと予想される.高速AFM装置については,その高速性能は既に理論限界に近く,本質的な改良はないものと予想されるが,種々の生体分子の観察経験を通して,液交換,温度調節,ケージド化合物の光分解といった周辺機能が高速AFMに組み込まれていくであろう.

 蛍光顕微鏡はバイオ研究で盛んに利用されている.AFMでは観察困難な低分子化合物でも蛍光ラベルして観察できる.また,表面に限らず,細胞内にある特定のタンパク質などもGFPなどで光らせれば可視化できる.従って,蛍光顕微鏡は高速AFMの機能を補完できるので,蛍光顕微鏡搭載型の高速AFMはバイオ研究に有効である.この開発は内橋らにより現在進められており,2-3年内に確立するものと予想される.

5.2. 液中周波数変調高速AFMと超解像観察

 カンチレバーを自己励振させ,探針・試料間相互作用による共振周波数変調を利用するFM-AFMは,ノイズ低減化などの工夫により最近では液中でpmレベルの空間分解能とpNレベルの力検出感度をもつようになっている27-29).例えば,脂質膜中の脂質の極性ヘッド30)や微小管中のtubulinのαヘリックス31)さえ可視化できるようになっている.但し、高い感度を得るためには,探針が試料表面近傍のファンデルワールス力が及ぶ範囲内に常にあるようにする必要がある。そのため、励振振幅は1nm以下に設定しなければならないという制限がある.また,ロックイン回路による共振周波数シフトの検出は遅く,また,カンチレバーのQ値はある程度大きいため,FM-AFMによるイメージングは,Tapping mode(振幅変調モード)を採用している高速AFMよりも現状では100倍程度遅い.FM-AFMの高速化に向けた技術開発が福間らにより着手されており32),高速AFMに近いイメージング速度が得られる可能性がある.また,採用するカンチレバーの最適化などによる感度向上により,振幅を大きくしても高い感度が得られるようになれば,10nm以上の高さをもつ分子でも超高解像観察が可能になるものと予想される.それにより,FM-AFMイメージングの応用範囲が格段に広がるであろう.

 一方,FM-AFMの高い力分解能と空間分解能を利用して,固液界面における水和構造観察が最近開始されている33,34).タンパク質表面の水和構造と機能との関係はこれまでも議論され,マイクロ波誘電緩和スペクトルによる測定はなされているものの,タンパク質の水和構造分布をサブ分子分解能で観察することはこれまで不可能であった.上記のFM-AFMの走査速度の向上が進めば,タンパク質の構造変化にカップルした水和構造の動的変化をサブ分子解像度,1〜数秒の時間分解能で観察することが可能になるものと予想される.

5.3. 高速AFMによる細胞やオルガネラのダイナミクス観察

 XY方向の広域スキャンの高速化は既に進んでおり,その広域高速走査性能は既に十分に高い.実際,走査するだけであれば,100本の走査線で20-30μm四方を数十msの時間で走査可能である.しかし,Z方向の高速走査性能はアクチュエータの共振周波数でほぼ決まるため,伸び係数が現状の数倍以上ある新規アクチュエータが生まれない限り,細胞のように背の高い試料系を広域に亘って高速イメージングすることは困難と思われる.例えば,数μmの高さのある試料を20μm四方に亘って10-20秒程度でイメージングするのが限界である.この限界を考慮すると,以下のような観察に現状の高速AFMは利用されていくものと予想される.(1)神経細胞がもつ比較的小さい構造であるシナプス(スパイン)の動的形態変化を観察,あるいは,その表面で起こる動的分子プロセスを観察,(2)バクテリアや細胞内オルガネラ(ミトコンドリアや細胞核)全体をゆっくりイメージングした後で,その特定の狭い領域で起こる動的な分子プロセスを観察.これらの構造体上で起こる分子プロセスのほとんどは未解明であるため,高速AFMが与える情報は貴重である.これらの観察は今後5年ほどで開拓され,10年後には広く行われていくものと予想される.

5.4. 背の高い試料の高速イメージングに適したHopping-mode高速AFM

 現状の高速AFMはTapping modeを採用している.微小カンチレバーを1-3nmの振幅でZ方向に励振するため,タンパク質のように背の低い試料では横方向の力が作用しない.しかし,背の高い試料を観察するに必要な100nm以上の大振幅で微小カンチレバーを励振させることはできない.それ故,数μmも高さのある細胞では走査中に探針は横方向にぶつかることが多い.横方向にカンチレバーは硬いため,試料に大きな力がかかる.走査型イオン伝導顕微鏡(SICM)35)に導入されているAC-mode36)(Hopping-mode37)と最近よばれている)はこの問題を回避するのに有効と思われ,このモードを高速AFMに採用する開発が内橋らにより既に着手されている.カンチレバー支持部,或いは,試料ステージをカンチレバーの共振周波数よりも低い周波数でHopping(上下運動)させる.試料のない基板領域ではHopping振幅AH = 100nm程度(以上)で上下運動させるが,試料との接触を検出したときには運動方向を逆転させ直ちに引き離す.従来の高速AFMでは画像になるピクセル位置以外でも常にフィードバック走査しているため,観察範囲が広いとイメージングに時間がかかる.一方,Hopping modeでは画像になるピクセル位置でのみフィードバックをかけるため,観察範囲が広くても高速撮影可能である.すなわち,1画像撮影にかかる時間TはHopping周波数fHとピクセル数Nx*Nyだけでほぼ決まり,T~Nx*Ny/fHとなる.但し、ひとつの技術的問題がある.試料との接触を検出してから引き離すまでのHopping用ピエゾ素子の遅延である.遅延が大きいと,上下運動の速度が大きいだけに試料を強く押し込んでしまうからである.この問題を解決できれば,細胞のように大きな試料でも1画像を1秒程度で撮れる可能性がある.

5.5. 真核細胞上の分子プロセスを観察可能とする非接触高速SPM

Figure 3 Schematics of three types (a, SICM; b, SSVM; c, SAM) of non-contact bio-SPM and (d) SNFUH.

 探針が試料表面に接触する現状の高速AFMでは,大きな真核細胞の細胞膜のように極めて柔らかい表面で起こる分子プロセスを可視化することは不可能であり,非接触条件を満たす高速SPMが必要である.液中で非接触条件を満たすSPMは現状ではSICM(図3a)しか確立していない.SICMは1989年にHansmaが最初に開発したものだが35),長い間実用になることはなかった.しかし,生物物理学者であるKorchevはプローブであるガラスキャピラリーの先鋭化などの技術開発を進め,2003年頃に実用レベルのSICMが完成した.数nmの空間分解能が実現されている38).単にイメージングばかりでなく,同じプローブでイメージングと電気生理学的計測の両方が可能な点でユニークである.また,背の高い試料にプローブが横方向でぶつからないHopping-mode SICMも既に実用化されている37).しかし,イオンコンダクタンスの検出帯域はせいぜい10kHzであり,高速AFMに使われる微小カンチレバーの振幅計測の最高帯域約300kHzには及ばない.開口の小さいガラスキャピラリーの電気抵抗は大きく,その結果,小さい浮遊容量によって帯域が低くなる.また,イオン流が遅いことも帯域を低くしている原因である.大きな電気抵抗による帯域の低下はトンネル電流でも同様であるが,回路の工夫によりMHzオーダの帯域が得られており39),また,ガラスキャピラリーの電極配置を工夫することにより,イオン流の広帯域計測は決して不可能ではないと思われる.従って,数年内には高速SICMは実現するものと予想される.それにより,真核細胞表面で起こる分子プロセスやタンパク質の動的構造変化を可視化することは,それらの分子が膜中で速く拡散していない場合には,可能になるであろう.但し,空間分解能については更に向上することはありそうもない.

 他のタイプの非接触型高速SPMの可能性はある.試料基板を高周波で微小振動させると,その振動は液体を伝わっていくが,試料表面近傍ではその振動は試料の存在に影響される.従って,試料表面に非接触領域で接近させた探針は試料形状に依存した振動を検出するため,試料表面像を得ることが可能である(図3b).この顕微鏡を走査型溶液振動顕微鏡(SSVM)と我々は名付けた.探針に比べレバー部は大きいため,水の振動はレバー部でより高い感度で検出される.それ故,空間分解能は低い.基板を振動させる周波数,探針の形状,カンチレバーの形状を工夫することにより,空間分解能を上げられる可能性がある.しかし,未だ試行錯誤の段階であり,予測は難しいが,30nm程度の空間分解能であれば,5年以内に実現可能と思われる.

5.6. 細胞内で起こる動的現象の観察を可能にする高速SPM

 ラベルなしに生きた細胞の内部構造(細胞骨格やオルガネラ)のダイナミクスを高解像高速観察することは生命科学の夢の一つである.現状では,細胞内観察は蛍光顕微鏡や位相差光学顕微鏡でしか行われておらず,この夢は全く実現していない.

 GHz帯の超音波を使った走査型超音波顕微鏡(SAM)は既に実現され,イメージングに時間はかかるものの,細胞内部を光学顕微鏡に近い空間分解能で且つ非接触で見ることができる(図3c)40).しかし,1981年にこの手法による細胞観察が報告されてから技術的進展がない.1991年には,AFMと超音波を組み合わせ,試料下部から伝わってきた超音波パルスを遅延ラインに通し,試料上部に置いたカンチレバーでそれを検出し,空間分解能を飛躍的に向上させたとの論文が出た41).だが,この方法では探針は試料に接触しており,表面の弾性分布が観察されているだけである.

 2005年に走査型近接場超音波ホログラフィー(SNFUH)と呼ばれる方法が報告された(図3d)42).試料基板直下に接触させた振動子から周波数f1の超音波を発射し,また同時に,カンチレバー支持部から周波数f2の超音波を発射する.探針が試料表面に接触するかしないかの領域に来たとき,探針は試料表面から非線形の摂動を受ける.その結果,超音波の非線形干渉が起こり,|f1f2|の周波数をもつ音波が発生する.この周波数をカンチレバーの共振周波数に一致させておくと,カンチレバーは効率よく振動する.試料下部から試料中を伝搬してきた超音波の強度と位相は試料内部にある物体の影響を受け,その結果,カンチレバーの共振振動は試料内部の影響を受ける.それ故,カンチレバーの振幅あるいは位相を検出することにより,試料内部の構造を観察することができると主張された.しかし,像形成のメカニズムは未解明であり,この原理に従って像が形成されるのかはっきりしていない.試料表面下の構造が試料表面の弾性に影響し,その弾性分布が像のコントラストを与えている可能性がある.試料内部が直接観察されているのかどうか不明である.例え直接観察されていたとしても,試料表面の粘弾性分布も同時に検出されるため,得られる像において内部情報と表面情報を区別することができない.超音波の非線形干渉は実際には非接触条件では起こらないため,この手法が細胞内部の高解像観察を実現することはないと予想される.

 以上のように,超音波を利用するイメージング技術が開発されてきたが,生きた細胞の内部を高解像観察可能にする技術は進んでいない.高い空間分解能を実現するには小さいプローブは必須であるが,内部構造を検出するには非接触条件も必須である.上述のSSVMの改良と同様に,超音波の周波数,探針の形状,カンチレバーの形状を工夫することにより,SAMとAFMの組み合わせで空間分解能を上げられる可能性がある.100nm程度の空間分解能であれば,これについても数年以内で実現可能かもしれない.

6.おわりに

 革新的装置の開発は時間のかかる地味な作業である.その開発が評価されるのは,完成した装置によるインパクトのある応用成果が出たときである.それ故,短期間に成果が求められる昨今では,大きな国家プロジェクトは別として,装置開発をする研究者が少なくなっている.民間企業も現在利益を上げている製品に関連する開発はするものの,10年先を見据えた研究はしていないのではなかろうか.また,実現可能性が見えていない開発研究を継続的に支援する制度は十分とは言えない.実現可能性が直ぐには分からなくとも,目指す装置が広い分野で求められている革新的装置ならば,チャレンジする価値がある.チャレンジなしには革新的装置は生まれない.

7. 付録:高速AFMで撮影したタンパク質の動画映像

Movie 1. High-speed AFM movies showing unidirectional processive movement of Myosin V-HMM. Imaging rate, 7 frames/s; real-time playback.
Movie 2. High-speed AFM movies showing hand-over-hand movement of Myosin V-HMM. Imaging rate, 7 frames/s; real-time playback.
Movie 3. High-speed AFM movie of the cytoplasmic surface of D96N bacteriorhodopsin at pH 7 during dark-illumination cycles. The green bar indicates green light illumination. Imaging rate, 1 frames/s; *10 playback.
Movie 4. High-speed AFM movie of the C-terminal side of rotorless F1-ATPase in 3 μM ATP. Imaging rate, 12.5 frames/s; real-time playback.


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