走査型プローブ顕微鏡の国際標準化ロードマップ
Roadmap of International Standardization of Scanning Probe Microscopy

藤田大介
独立行政法人物質・材料研究機構 先端的共通技術部門
〒305-0047茨城県つくば市千現1-2-1

Daisuke Fujita
Advanced Key Technology Division National Institute for Materials Science (NIMS)
1-2-1 Sengen, Tsukuba, Ibaraki 305-0047, Japan

  1. SPM標準化の背景 Background of SPM Standardization
    1. 先駆的時代からSTM発明まで
    2. 多様なSPMの派生と市場の形成
    3. プレ標準化研究の展開
    4. 国際的な工業標準化への展開
  2. ISO/TC201におけるSPM標準化の展開
    1. 標準化のための組織
    2. 最初の工程表と用語の標準化
    3. データ転送フォーマットの標準化
    4. 近接場光顕微鏡における標準化
  3. 測長とナノ形状評価のための標準化
    1. 幾何学量の定量計測と測定システムの校正
    2. ドリフトの定量的評価と校正
    3. 探針形状効果の測定と補正
  4. 今後のSPM標準化の展望

1.SPM標準化の背景 Background of SPM Standardization

1.1 先駆的時代からSTM発明まで

 1981年に走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscopy, STM)がIBMチューリッヒ研究所のBinnigとRohrerらによって発明されて以来、早や31 年が経過した1)。表面原子の実空間での可視化を実現した画期的な顕微鏡であるSTMの設計(Design of the scanning tunneling microscope)の功績により、二人は1986年にノーベル物理学賞を受賞した。しかしながら、STMの発明に先立ち、先駆的な研究開発が1966年から米国の国立標準技術研究所 (National Institute of Standards and Technology, NIST) においてYoungらにより開始されていたことは注意すべきである。1971年にYoungらは表面と先鋭な探針との間の電流を用いることにより表面トポグラフィーを測定できることをトポグラファイナー(Topografiner)と呼ばれる装置により実証した2)。これは原子分解能を実現できなかったことを除けば、10年後のSTM装置に必須の全ての構成用件を備えた画期的な装置であった。

1.2 多様なSPMの派生と市場の形成

 STMの発明の5年後、1986年には導電性試料のみならず絶縁体にも適用可能な顕微鏡として、Binnig、Quate、Gerberによって原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy, AFM)が発明された3)。その後もプローブもしくは試料を走査する様々なタイプの走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy, SPM)が開発され、多様な表面物理量のナノスケール計測が実現された。SPM測定ヘッドは小型化しやすく、環境適合性に優れており、液中、超高真空、極低温、高温、高磁場、応力場などの多様な環境、極限場で使用できる4)。プローブ-表面原子間の近接相互作用を利用して、原子操作、ナノドット・ワイヤ創製、ナノリソグラフィー、周期構造制御などのナノテクノロジーのツールとしても応用される5)

 SPMの中でAFMは絶縁体に適用できることから、汎用的なナノスケール表面計測手法として、研究分野のみならず、生産現場における検査機器としても用いられる。STMは導電性を有する試料表面の原子分解能での構造と電子状態の計測が可能であり、主に超高真空STMシステムとしてAFMに次ぐ規模の市場が形成されている。主に大学や研究機関でナノサイエンス等の基礎科学研究に用いられている。過去数年間、SPMのマーケットは世界規模では平均年率10%で成長しており、今後、数年間も同様の成長が期待される6)。特にアジア・太平洋地域が最も主要なマーケット(62%)になっており、欧州(20%)と北米(17%)が続いている。アジア太平洋地域では日本が最大の市場であり、中国、韓国、インドが続く。特に、近年、中国は科学技術において躍進しており、中国のSPM市場も著しい成長を示している。産業界では半導体・ナノエレクトロニクス産業が主要なマーケットであり、次いでライフサイエンス・バイオテクノロジー分野での成長が顕著である。さらに、ナノテクノロジー・材料分野が続いている。

1.3 プレ標準化研究の展開

 計測手法では、標準化の研究は手法が成熟し、世界的な市場の形成と汎用性が高まるとともに本格化する。例えば、オージェ電子分光法やX線光電子分光法などの“汎用性のある表面分析手法”は、1950年代から研究開発が開始されたが、1970年代から市販機器が登場し、市場が形成された。登場後、20年程度を経過して、1980年代から将来的には標準化を指向した定量化や信頼性の研究が本格化した。このようなプレ標準化の時期においては、米国においてはASTM(American Society for Testing and Materials)のE42委員会など、各国の国内機関が主導した時期があったが、国際的な標準化のためには研究機関間における国際的な共同研究や共同試験(ラウンドロビンテスト;Round Robin Test, RRT)が望まれる。1980年代にそのプラットフォーム的役割を担ったのが、先進7カ国ベルサイユサミット合意に基づいて設立されたVAMAS(Versailles Project on Advanced Materials and Standards)である。表面分析の分野では、我が国では大阪大学の志水隆一先生の主導により、1986年にVAMAS-SCA (Surface Chemical Analysis)-WG in Japanが設立された。VAMAS-SCAは表面電子分光法の定量化とプレ標準化のための研究を推進する上で大きな成果をあげた7)

 1990年代になるとVAMAS-SCAのプレ標準化研究の実績に基づき、日英米などにおいて表面分析分野の国際標準化の機運が高まった。国際標準化機構(International Organization for Standardization, ISO)において、1991年に日本提案により表面化学分析の標準化を所掌する技術委員会としてTC201(Surface Chemical Analysis)が設立された。一方、VAMAS-SCAは技術作業分野の一つ(TWA2)として現在まで継続しており、表面化学分析におけるプレ標準化の研究(Pre-standardization Research)を活発に推進している。VAMASとISOの連携により、表面分析分野における国際的なプレ標準化研究と工業標準化を推進するフレームワークが確立された。

 STMやAFMの産業化とマーケット形成は1980年代後半から欧米や日本において進展し、1992年には米国におけるSPMマーケットは40Mドルに達した。このため、米国におけるSPMに関する標準化への対応は比較的早く、1990年代中頃からASTMにおいてガイド的な規格文書としての標準化が進展し、ASTM-E42委員会(surface analysis)においてSTM/AFMの小委員会が設置された。探針評価法などのAFM形状評価のための標準に関わる文書などを発行している8)。また、国際化に対応し、2001年よりASTM Internationalと改称したが、米国主導の組織である。

 VAMASにおけるSPM関連のプレ標準化研究プロジェクトは2002年から開始された。まず技術作業分野として、TWA29(Materials Properties at Nanoscale)が米国の国立標準技術研究所 (National Institute of Standards and Technology, NIST) の主導により設置された。TWA29は2006年に (Nano Mechanics Applied to SPM)に改称し、カンチレバー探針のバネ定数校正法などの国際ラウンドロビンテストを実施している。一方、表面化学分析を担当する技術作業分野TWA2においても、グラフェン超薄膜を標準試料とするケルビンプローブフォース顕微鏡(Kelvin-probe Force Microscopy, KFM)の定量的計測のためのラウンドロビンテストが実施されるなど、SPM標準化に係るプロジェクトが2011年から開始されている。

 計量標準の立場から、AFMを寸法測定法として定量化する試みは、1990年代後半から各国の国立標準研究所(National Metrology Institutes, NMIs)の研究者を中心として、段差測定やピッチ測定などの長さ測定に関する国際共同研究が開始されている9)。国際度量衡委員会(International Committee of Weights and Measures, Comité international des poids et mesures, CIPM)の長さ諮問委員会のプロジェクトとして計量標準の立場から実施されている。

1.4 国際的な工業標準化への展開

 SPMが実験室や製造現場における汎用的な解析ツールとして使用されるに従って、定量化と標準化へのニーズは高まってきた。SPM手法の多様な派生化の進展に伴い、1990年代後半から標準化ニーズが高い項目の一つとして用語法(Terminology)が挙げられる。例えば、SPMに用いられる技術用語は製造者間で統一が図られておらず、同一手法に対して異なる名称が用いられる等の不確定さがあった。そのため、SPMのマーケットが世界的に拡大するなかで、産業応用を念頭においた用語法の統一を最優先として、工業標準(Engineering Standard)の制定が望まれるようになった。

 一方、2000年代に入ってからは、米国のナノテクノロジーイニシアティブに触発されて、ナノテクノロジーに関する標準化の動きが活発化した。2005年にはISOにTC229(Nanotechnologies)、2006年にはIEC(International Electrotechnical Commission)にTC113(Nanotechnology standardization for electrical and electronic products and systems)が設置され、ナノテク標準化のスキームが確立した。ISO TC229とJWG2においてナノスケールでの計量計測に関する標準化を推進している。TC229が推進するナノスケールでの認証標準物質(Certified Reference Materials, CRM)に関する標準化提案などについては、SPMによるナノ計測と関係する。また、国内では2008年に日本学術振興会の産学協力研究委員会の一つであるナノプローブテクノロジー第167委員会にSPM標準化WGが設置され、産学官が連携してISO等の国際標準化のための活動を推進している。

 上に述べたような先駆的な時代からSPMの発明を経て、世界的なSPM市場の形成と拡大、さらに国際的なスキームでの標準化活動の開始にいたるまでのSPM発展の過程を歴史的に概観した年表をFig.1に示す。2004年頃から更なる普及と産業応用を目指した“本格的なSPM標準化の時代”に入ったと考える。本稿では、特に世界最大のグローバルな標準化機関であるISOにおいて進められている活動を中心に、今後のSPM標準化のロードマップを紹介する。

Fig.1 Historical overview of scanning probe microcopy towards global standardization.

2.ISO/TC201におけるSPM標準化の展開

2.1 標準化のための組織

 SPM国際標準化はISO/TC201において2003年に韓国KATS(Korean Agency of Technology and Standards)により提案された。その結果、SPMを所掌する小委員会(Sub-Committee)としてSC9が2004年に設置された。TC201の議長国は日本であり、国際議長(産総研、一村信吾氏)と国際幹事(産総研、野中秀彦氏)を担当しており、表面化学分析分野の国際標準化を主導する立場にある。TC201においては、SPMは表面化学分析法の一つとして国際標準化を推進するように位置づけられている。ISOにおいて日本を代表する会員団体(Member body)は、日本工業標準調査会(Japanese Industrial Standards Committee, JISC)である。TC201とTC202(マイクロビーム分析)に関する会員団体業務をJISCから委託された国内審議団体は、表面化学分析技術国際標準化委員会(Japan National Committee for Standardization of Surface Chemical Analysis, JSCA)である。TC201におけるSC9設置に直ちに対応し、JSCAにSPMに関する作業部会(SPM-WG)が2004年4月に設置された。SPM-WGは、独法、大学、関連企業のSPM計測に関する有識者から構成され、産総研計測標準研究部門の黒澤富蔵氏を主査として開始された。JSCA SPM-WGは、設置当初から我が国のSPM研究を先導してきた学振ナノプローブテクノロジー第167委員会と連携している。

2.2 最初の工程表と用語の標準化

Fig.2 Timeline of global standardization for scanning probe microscopy in ISO TC201 for surface chemical analysis as of 2006 10).

 2006年当時にFujitaらが提案したSPM国際標準化へ向けた工程表では10)、最優先で取り組むべき項目はSPM用語の標準化であった(Fig.2)。TC201において共通的に用語法の標準化を担当するSC1(Terminology)において、英国の標準を担当する国立物理研究所(National Physical Laboratory, NPL)のSeah氏をプロジェクトリーダーとして規格化が進められ、ISO 18115-2:2010(Terms used in scanning-probe microscopy)として2010年に発行された11)。本規格ではSPMに関する略語、SPM手法の定義、SPMや接触力学に関する用語の定義と頭字語について記載されている。一方、SPMは技術開発が活発に行われている計測法であり、新たな計測モードやプローブが開発・実用化されており、最近の進展を取り入れるため、SPM用語についても既に成立したISO 18115-2:2010の改訂(Amendment)作業が開始されている。また、我が国におけるSPM産業の進展と利用者の利便性を高めるために、ISO 18115-2:2010に対応した日本工業規格(JIS)化が検討されている。

2.3 データ転送フォーマットの標準化

Fig.3 Proposed standardization process of data management and treatment for scanning probe microscopy 10).

 SPM用語の規格化を起点として、標準化は二つの方向へ進展する。一つはデータ取扱や画像処理法などのデータ管理に関する標準化であり、他方は使用ガイドラインや校正法、CRMや標準物質(Reference Materials, RM)などの定量化に関する事項である。データ管理と処理に関しては、TC201ではSC3(Data Management and Treatment)が所掌する。例えば、従来、SPMベンダーは独自のデータフォーマットを用いてきたため、データに互換性がなく、データの定量的相互比較が困難であった。SPMデータ転送フォーマットの標準化は日本JISC提案であり、2011年にISO 28600:2011(Data transfer format for scanning-probe microscopy)として発行された12)。データ転送フォーマットはテキスト形式であり、128行の情報ヘッダーに続くデータブロックにより構成される。データの交換性と統一されたデータ処理プログラム開発を容易にし、定量性の向上に寄与するものと期待している。また、ISO 28600:2011に準拠したデータ変換ソフトウエアはNIMSのホームページにて公開されている13)。データ管理に関する次のステージでは、Fig.3に示すように、探針形状評価やイメージ補正などのデータ処理法の標準化を進めることになる14)。最終到達目標は共通データ処理環境と統合されたSPMデータベースの構築であり、SPMデータに容易にアクセスできる環境を提供したいと考えている。

2.4 近接場光顕微鏡における標準化

 今後は、需要の大きなAFM形状計測のみならず、SPMの有する多元的な物性・機能計測、さらに、高分解能SPMによる原子スケール化学分析も標準化の対象になると考えられる。SPMの一つである近接場光顕微鏡(Scanning Near-field Optical Microscopy, SNOM)はAFMやSTMに次いでマーケットが形成されているとともに、汎用性が高いことから比較的早期に標準化提案がなされた。SNOMにおいて重要な空間分解能と校正法に関する国際標準ISO27911:2011(Definition and calibration of the lateral resolution of a near-field optical microscope)は韓国KATS提案であり、SC9所掌としては最初のIS文書として2011年に成立した15)

Fig. 4 Small-object imaging method and the embedded quantum dot reference material for the determination of lateral resolution of scanning near-field optical microscopy.

 このISO27911:2011の文書策定には日本側SPM-WGのSNOMエキスパート(中嶋健委員:東北大学、三井正委員:NIMS)による貢献が大きかった。特に、近接場光顕微鏡としての空間分解能を評価・校正する方法として微小物体イメージング法を日本側から提案した。そのための校正用の標準物質(RMs)には、トポグラフィーによる影響が無視できる平坦性と点光源と見なせるようなナノメートルスケールの微小発光源が必要である。RMsが満たすべき条件を明らかにするとともに、適正な試料としてポリビニルアルコール(PVA, poly-vinyl-alcohol)薄膜に埋め込まれた数ナノメートルスケールの量子ドット(CdSe/ZnS)を提案し、利用可能なRMならびにその作製方法を提供した(Fig.4)。

3.測長とナノ形状評価のための標準化

3.1 幾何学量の定量計測と測定システムの校正

Fig.5 Traceable calibration and reference materials for the quantitative measurements of geometrical quantities using scanning probe microscopy.

 SPMの重要な機能の一つとしては、半導体デバイスなどの産業応用として必要な測長(Critical Dimension ;CD)計測などのナノスケール寸法計測である。そのための校正法の標準化ニーズは、ナノエレクトロニクスなどの微細加工を取り扱う産業界においては大きい。現在、ドイツDIN提案による「SPM計測システムの校正」に関する国際標準(DIS11952, Guideline for the determination of geometrical quantities using SPM -Calibration of measuring systems)の策定が最終段階にある。オープンループ型走査系の場合、アーティファクトとしては、ピエゾスキャナーのヒステリシスやクリープなどの非線型効果が挙げられる。SI単位系にトレーサブルなAFM寸法計測を可能にするために、各国の国立標準研究所(NMIs)を中心として“Metrological AFM”が開発された16)。これらはSI長さ標準にトレーサブルなレーザー干渉計などによる位置センサーによりXYZ軸を校正されたクローズドループ型のAFMである。Metrological AFM(トレーサブルAFM)を用いることにより、SI単位系にトレーサブルな校正スキームが可能である(Fig. 5)。まず、各国のNMIsが保有するMetrological AFMにより物理的転送標準(Physical Transfer Standards)を校正する。これは認証標準物質(Certified Reference Materials, CRMs)である。ユーザーはCRMsを用いて、各々のSPM装置を校正する。水平軸校正に必要なCRMsはピッチを校正された1次元・2次元回折格子等である。垂直軸校正に要するCRMsはステップ高さを校正された段差型試料である。その他、平坦度評価のための平坦(Flatness)試料、XYZ軸を同一試料で校正可能なCRMsも提供されている。

3.2 ドリフトの定量的評価と校正

 XYZ軸のピエゾスキャナー走査非線形性(Piezo Nonlinearity)を校正されたSPMトポグラフィー計測では、真の形状を歪ませるアーティファクトとしては、ドリフトと探針形状効果が存在する。ドリフトは試料と探針の相対位置が時間とともに変化する現象であり、熱伝導度の違いや温度分布により生じることからThermal Driftとも呼ばれる。SPM装置のXYZ軸方向のドリフト速度を定量的に計測することは、SPM装置の安定性を評価する上で重要である。2012年に、中国SAC提案の「ドリフト速度の定義と測定法」に関する国際標準(ISO 11039:2012 Definition and measurement methods of drift rates of SPMs)が発行された。規格文書ではドリフト速度の測定法として、イメージ相関(image correlation)法、特徴的マーカー(characteristic marker)法、非周期グレーティング(non-periodic grating)法が提示されている17)。ドリフト速度の定量的評価により、時間的に変化する画像歪を補正することができる。一方、実用的な観点からはドリフト速度による歪を同時的に補正する手法の確立が求められる。

3.3 探針形状効果の測定と補正

Fig.6 (a) Evaluation of the AFM probe-tip shape using a comb-like nanoscale probe characterizer developed by AIST, Japan. (b) Relationship between probe shape function (PSF) and probe characteristic function (PCF).

 ドリフト速度が小さく無視できる場合、AFMトポグラフィー計測において最も本質的なアーティファクトは、有限探針サイズから引き起こされる探針形状効果である。測定像はモルフォロジー演算(mathematical morphology)における“dilation”により表現できる18)。SPM計測イメージz(x, y)は、真の表面トポグラフィーs(x, y)を探針形状関数(Probe Shape Function, PSF)t(x,y)により拡張(dilation)されたものに相当する。歪んだSPM像はモルフォロジー演算における“erosion”により再構成(reconstruction)することが可能であり、真の表面トポグラフィーに近い像r (x, y)を得ることができる。しかしながら、Erosion処理はデコンボリューションと異なり再生不可能な領域が必ず生じることに注意が必要である。一方、ナノスケールで既知形状を有する標準物質(Reference Materials, RMs)のAFMトポグラフィー計測から探針先端形状を抽出する試みがなされている19)。探針形状評価のためのナノ構造加工技術により作製されたプローブキャラクタライザの開発が産総研(一村氏、井藤氏)を中心として進められている(Fig.6)。

 さらに、プローブキャラクタライザ表面上を走査することにより、使用中のAFM探針先端形状をその場評価する方法の標準化(WD 13095 Procedure for in situ characterization of AFM probes used for nanostructure measurement)がJISC提案として進展している。探針評価法とRMsの標準化を進めることにより、探針先端形状を定量的に評価する探針特性関数(Probe Characteristic Function, PCF)や探針形状関数(PSF)を得ることができる20)。PCFは、曲率半径やコーン角度などの従来からの探針特性量とともに探針先端の先鋭度を表す定量的指標となる。実測PSFを用いて補正処理を施すことにより、真に近いトポグラフィー像を再構成することができる。例えば、真球形状とみなせる“標準球形ナノ粒子”(ポリスチレンナノ粒子)の場合、Dilation効果により水平方向に拡張されたトポグラフィー像となるため、真の直径を実測データから知ることができない。PSFによる再構成処理を施すことにより、再構成像では、高さと釣り合った合理的な直径を得ることができる(Fig.7)。このように、ナノ物体の形状と寸法を定量的かつ精密に評価するCD計測のためには、探針形状関数の測定と再構成処理が不可欠である。探針形状関数の抽出に必要とされる~1nmスケールの寸法精度で既知形状を有する標準物質表面を大気中で清浄に維持するためには細心の注意が必要である。

Fig.7 Image reconstruction of the AFM topography image of standard nanosphere poly-styrene particles using an experimentally extracted PSF.

 一方、ブラインド再構成(Blind Reconstruction)法は、精密な既知形状を有する標準物質のみならず、実試料のAFMトポグラフィー像から探針形状関数を抽出できる手法である21)。ブラインド再構成法から得られた探針形状関数の妥当性の評価、ブラインド再構成法に適した標準物質、適正な画像処理プロトコルの整備が求められている。SPMトポグラフィー像の再現性のある再構成プロセスに対しては、SPMユーザーの大きなニーズがあり、VAMAS等を活用したプレ標準化研究に基づいて国際標準化を進めていく必要がある。

4.今後のSPM標準化の展望

Fig.8 Working group structure of ISO TC201/SC9 for scanning probe microscopy.

 SPMの国際標準化活動として、ISO/TC201/SC9に設置される作業部会(Working Group, WG)の構成を示す(Fig.8)。2006年~2007年にかけて多くの新規作業項目(NWIP)の提案が各国からなされ、WG1(SNOM)からWG6(SPMによる電気的磁気的測定)まで設置された。これらのWG以外にも、SC1においてはSPM用語、SC3においてはSPMのデータ管理と処理に関する国際標準化作業が実施されている。既にSPMに関する国際標準規格として、4つのISO規格文書が成立しており、重要度の高いSPM用語に関しては翻訳JIS化を検討する段階にある。

 今後のSPM標準化においてはポリマーやバイオマテリアル等のソフトマテリアルに対応するSPM計測法、半導体等のナノデバイスの電気的磁気的測定法の標準化が重要となる。現在、日本側から新規作業項目の提案を行う段階にあり、有用性評価のための国際共同試験(RRT)をVAMAS TWA2のスキームで実施する予定である。一方、SC9においてはCAG(Chairman’s Advisory Group)と呼ばれる議長諮問機関が設置されており、新規提案に際しては、ラウンドロビンテストによる有用性の評価やドラフト文書のみならず、マーケットサーベイ等のニーズの把握が求められる。このように、国際標準化提案においては、プレ標準化研究やサーベイが重要である。

Fig.9 Roadmap of international standardization of scanning probe microscopy on the scheme of ISO TC201 as of FY2012.

 ところで、SPMは今後も大きな進化の可能性を秘めており、極限性能の追求や新規ナノ計測機能の開発が現在進行形の計測手法である。新たなSPM計測手法が開発され、研究開発に供されている。一方、広範な利用拡大は定量化と標準化のニーズを高めており、国際標準化の駆動力となっている。このような観点から2006年版のロードマップを改定し、2012年時点でのSPMの国際標準化ロードマップを提案する(Fig.9)。これまでのISO TC201を中心とした活動の諸成果を基盤にして、産業界やユーザーのニーズに対応しつつ、SPMの普及と利用の拡大、さらに定量性や正確性を向上させるような高度化を促進するための国際標準化が期待されている。

 一方、SPMは定性分析から定量分析へ成熟する段階にあり、多様な手法に対応するエキスパートの参加が益々必要とされる。学振ナノプローブテクノロジー第167委員会はISO/TC201/SC9の設立以来、連携を深化させてきた。今後、ソフトマテリアルやデバイス等の力学的・電磁気的物性の定量計測へ標準化ニーズが指向すると考えられる。産学協力研究の一環として、SPMを定量的なナノ物性解析手法へ進化させる標準化活動に一層の協力をお願いする。


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