多探針SPMによる電気計測とロードマップ
Multi-probe SPM electrical measurements and roadmap

長谷川修司
Shuji HASEGAWA

東京大学 大学院理学系研究科物理学専攻
Department of Physics, University of Tokyo
  1. はじめに
  2. ナノ構造の測定
  3. 多探針走査トンネルポテンショメトリー
  4. エッジ伝導とスピン伝導
  5. 超低温
  6. 終わりに —ロードマップ—

1.はじめに

図1. 2011年6月にシンガポールで開かれた多探針SPMワークショップのポスター

 最近、多探針SPMの研究が世界中で盛んになり始めている。2011年6月、シンガポールで多探針SPMをメインテーマとするワークショップが開催され(図1)、そのプロシーディングス論文集が2012年に出版された[1]。図1のポスターに象徴されるように、分子レベルのナノ構造体への電気的なアクセスのために多探針SPMを使おうとする試みが多数報告された。

 出版されている論文で見ると、日本では筆者らのグループ[2-4]の他にNIMS[5,6]、東大物性研[7]、大阪大[8], 京都大[9]、豊田工大[10]、横浜市立大[11]などのグループが多探針SPMの製作やそれによる成果を出版している。海外では、米国オークリッジ国立研究所[12-14]とIBMヨークタウンハイツ[15]、独国Duisburg-Essen大学[16]、中国の物理研究所[17]などが多数の論文を出している。

 本稿では、これらの成果の中からいくつかの表面・ナノ構造体の計測結果、および多探針SPMの重要な計測法である「多探針走査トンネルポテンショメトリー」、さらには、磁性探針を使ったスピン偏極電流または純粋スピン流の検出の可能性、集束イオンビーム(FIB)で加工した表面・薄膜でのエッジ状態伝導の検出の可能性などを紹介する。最後に、多探針SPMに関するロードマップを議論する。

2.ナノ構造の測定

図2. Si(100)表面上に掲載されたナノワイヤの2探針測定[13]

 多探針SPMの最もわかりやすい測定例は、図2に示すようなナノワイヤの測定であろう。単結晶表面上に自己組織的に形成された原子レベルの細さのナノワイヤの測定[3,6,13]や、LSI配線などに使われる多結晶の金属ナノワイヤ[4,12]の測定例が報告されている。自己組織化ナノワイヤに関しては、4探針STM測定によって、室温で20 nm程度まで金属的な拡散伝導であること[3,6]、低温に冷却すると金属絶縁体転移が起きることなどが報告されている[13]。また、未発表ながら、筆者のグループでは、半導体シリサイドナノワイヤでは、弾道伝導的な電気抵抗の離散化が見られている。実用デバイスで用いられている多結晶Cuナノワイヤでは、4探針STM測定によって、ワイヤ径の縮小に伴う表面・界面散乱効果の増加や、個々の結晶粒界での電気抵抗の不連続的なジャンプが見られ、結晶粒界での電子波の透過確率などが求められている[4,12]。カーボンナノチューブや他の物質系の個々のナノワイヤの電気伝導も多探針SPMで測定されている[17,18]。 

図3. Si(111)表面上にエピタキシャル成長させたBi(111)超薄膜をFIB加工した試料のSEM像。

最近、筆者のグループでは、超高真空中での超薄膜結晶のMBE成長とFIB(集束イオンビーム)での微細加工、そして4探針STMでの計測を一貫して行える超高真空システムを製作した。図3にその試料の例を示す。Si(111)上にBi(111)エピ膜を成長させ、FIBで加工したストリップa-b間に電流を流すと、強いスピン・軌道相互作用によってスピン流が真ん中の水平架橋の部分を右に流れ(スピンホール効果)、それによってc-d間に電圧が発生する(逆スピンホール効果)と理論的に予言されている。このような現象はBi(111)のスピン分裂した表面状態の中で起こるので、大気にさらすことなく微細加工と測定を行う必要がある。しかも、スピン緩和長より短い距離で計測する必要がある。そのような計測が可能となりつつある。

3.多探針走査トンネルポテンショメトリー

図4. 多探針走査トンネルポテンショメトリーの原理図[1]

 試料に電流を流すと、その電気抵抗のために電位勾配が生じる。その電位分布をマッピングするのがポテンショメトリーである。多探針STMを用いると、図4のような配置で実現できる。右側の探針と左側の探針から試料に流し込んだ電流によるポテンシャル分布を、真ん中の探針に流れこむ電流をゼロにするようにバイアス電圧を調整することによって探針位置での電位を測定できる。このような測定によって、単原子ステップで生じる電気抵抗がグラフェン[15]やSi(111)-√3×√3-Ag表面[16]で測定されている。また、グラフェンの場合、単層から2層に変わるステップでも大きな電圧降下が現れ、移動度の低下の原因となっていることが明らかにされている[15]。原子スケールでの電気伝導の様子を可視化する手法であり、多探針SOM計測の一つとして今後ますます重要になろう。

4.エッジ伝導とスピン伝導

図5. 量子ホール効果の模式図[19].

 最近、Bi2Se3やBi2Te3など「トポロジカル絶縁体」と言われる物質群が注目を浴びている。それは、強いスピン軌道相互作用のために物質内部では絶縁体であるが、その表面やエッジのみ金属的であり、そこをスピン偏極した電流が流れるという。この状態は、図5に示す量子ホール効果状態のアナロジーで理解できる。2次元電子ガス系に垂直に強磁場を印加すると,電子はローレンツ力によってサイクロトロン運動をし、その結果、わずかなポテンシャル極小近傍に局在してしまう。だから試料の一方の端から他方の端に電流を流そうとしても,この局在性のために電子は流れない。いわば絶縁体状態になっている。これは,ちょうど,原子核の周りをまわる核外電子が隣りのサイトに移れないというバンド絶縁体と同じ状況になっている。しかし,その両側の端を見ると,図5に模式的に示したように,サイクロトロン周回運動をしようとする電子が端で反射され,それがまた周回運動と端での反射を繰り返して繋がった円弧状の軌道となり,結局,試料の端に沿って電子が一方から他方に流れることができる(skipping 軌道という)。つまり,内部は絶縁体的だが,端だけは電流が流れる金属状態(edge状態)になっているのである。トポロジカル絶縁体のようなスピン軌道相互作用が強い物質では、外部から磁場を印加しなくとも、軌道運動による有効磁場が働いていることになり、結局、量子ホール効果状態と同様の状態になっている。その様な物質の超薄膜でエッジ状態を作るため、前述したFIB加工によって超薄膜のストリップを作り、エッジ状態による過剰な電気伝導度が検出されるはずである。この電流は「トポロジカルに保護」されていると言われており、後方散乱が禁止されるために移動度が極めて高いと予想されている。このようなミクロな伝導も多探針SPM計測の恰好のターゲットとなろう。

図6. スピンホール効果の原理図[19]

 また、トポロジカル絶縁体のようなスピン軌道相互作用が強い物質の内部で働いている有効磁場はスピンの向きに依存して逆向きになっているので、図6に示すようなスピンホール効果が生じる。すまり、スピンアップの電子は左に曲げられ、スピンダウンの電子は右に曲げられる。よって、強磁性体探針を用いれば、スピン偏極した電流を試料に流し込むことができるので、右と左に進む電子の数に不均衡が生じると期待できる。このような現象も強磁性体探針を用いた多探針STMによって計測可能となるであろう。スピン軌道相互作用の強い物質における上述のエッジ伝導は、自動的にスピン偏極しているので、スピントロニクスへの応用が期待されている。

5.超低温

図7. Si(111)-√7×√3-In 表面の超伝導[20].

 現在の多探針STMでは、探針および試料が10 K程度まで冷却可能となっているが[2]、それ以下の温度領域は今のところ到達していない。しかし、Monolithic マイクロ4探針プローブでは、最近0.8 Kまで冷却可能な装置が開発された[20]。この装置を使って、図7に示すように、Si(111)-√7×√3-InやSi(111)-SIC-Pb 表面の「表面状態状超伝導」が確認された[20]。ミリケルビンまで到達できる超低温多探針SPMの開発が次の課題であろう。

6.終わりに —ロードマップ—

 多探針SPMは、SPMメーカーから成熟した装置が販売されるようになり、コントローラも含めて充実してきている。また多様な目的を持つユーザー層も広がっている。多探針SPMに関して、いくつかの観点から現状と課題・展望を以下に述べる。また、図8に多探針SPMのロードマップを示す。

  1. 探針間隔:カーボンナノチューブ探針を利用することにより、20 nmまで縮めることが可能となった[3](2007年)。これは、伝導キャリアの平均自由行程やスピン緩和長と同程度かそれ以下であるので、弾道伝導や量子干渉効果等の量子伝導の直接観測が可能となるであろう。
  2. 動作温度:7 Kの極低温で20 時間動作可能となった[2](2007年)。しかし、モノレイヤー超伝導やスピンが関わる伝導などの計測には1 K以下の超低温が必要となるので、多探針SPMの超低温化が課題であろう。
  3. 探針制御:SEM電子ビームによる吸収電流像をそれぞれの探針のアンプ・電流計で計測することにより、探針位置の自動認識および位置制御が可能となった(特願2007-039718)。しかし、この位置制御の分解能はSEMの分解能で制限されるので、さらなる高分解能化が望まれる。
  4. 多探針STS:複数本の探針を同時にトンネルコンタクトさせてSTS計測を行うことは未だ実現していない。安定性よおび浮遊容量が主な障害となっているが、電気的計測法の改良によって実現可能と思われる。
  5. 高分解能多探針計測:単一テラスやドメイン内での計測、原子鎖やDNAの計測など、高分解能での計測はまだルーチン的に実現しているとは言えない。安定性や稼働率の問題が障害となっているが、徐々に改善されつつある。
  6. スピン注入:磁性体被覆探針によるスピン注入・検出等を多探針SPMに組み込んだ計測はまだ実現していない。単一探針STMでの磁性探針利用技術は確立しているので、多探針STMでも近々実現可能と期待できる。
図8. 多探針SPMのロードマップ.

参考文献

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