近接場光学顕微鏡のロードマップ
Roadmap of Near-field Scanning Optical Microscopy
斎木 敏治
Toshiharu Saiki
慶應義塾大学理工学部電子工学科
Department of Electronics and Electrical Engineering, Keio University
1.はじめに
ナノスケールで繰り広げられる電磁相互作用、電子励起と緩和を素過程として、観察対象から所望の情報を引き出すためのツールが近接場光学顕微鏡(Near-field Scanning Optical Microscope; NSOM)である。ナノスケールのプローブを接近させることにより、観察対象近傍の光電場を反映した、マクロな信号を取り出すことが可能である。ただし、あくまでも複雑な電場分布と関連付けられた信号が得られるだけであり、その関係性は対象ごと、プローブごとに毎回異なり、大胆な近似や、何らかのシミュレーションの手助けを借りざるを得ない。厳密にはNSOMの動作についてはこのような説明となるが、実際のところはもう少しおおらかに考えても問題ない。どちらかと言えば、通常の光学顕微鏡の延長として、プローブ先端に発生する近接場光を、スポットサイズが小さく、焦点深度も浅い光源として扱うことが多い。平坦な試料や観察対象が空間分解能(近接場光の局在のスケール)よりもずっと小さい場合は、このような理解でも大きな支障はなく、結果の解釈の難しさを強調して不安を煽るよりは、まず多くの研究者が実際に使用し、測定事例を蓄積することが賢明である。以上のような背景もあり、最近では、空間分解能の追求は継続しつつも、測定の再現性、安定性を重要視する傾向にある。
2.基本性能の向上と再現性の強化
上に述べた通り、瞬間最大分解能を追い求めるだけではなく、再現性に正面から取り組む研究が現れてきたことは、ある意味でNSOMが成熟してきたことを象徴しており、この傾向は今後も続くであろう。開口型に関しては早い時点で空間分解能に限界(10~30nm程度)が見えたこともあり1,2)、再現性への取り組みは以前から積極的に進められてきた。以下の散乱型と相補的な位置付け(空間分解能に満足できない場合もあるが、相応の結果は必ず得られる)を維持するためにも、この努力は継続すべきである。分解能に関しては、作製する開口サイズと質(真円性や試料との平行度)の安定性のさらなる向上が望まれる。また、感度については、光透過効率の格段の改善はあまり期待できないので(波長ごとに最適化の余地があるケースは見受けられるが)、相対的に背景光を減らし、より微弱な信号に対してS/Nを向上させることが現実的な取り組みであろう。ファイバ自身からの背景光(蛍光・ラマン)の場合はその長さに比例するので、対策は単純である。エッチング方法の工夫により、ファイバ長が数mmのプローブが作製されており、その効果は、100nm程度の分解能でシリコンのラマン散乱測定が可能になったことで実証されている。また、装置・実験系の都合上、ファイバ長をそこまで短くすることができない場合の対処として、プローブ部を極力短くし、自家発光の小さな長いファイバと融着するという方法も報告されている3)。
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Figure 1
TERS(Tip-Enhanced Raman Scattering) imaging and spectroscopy of carbon nanotubes. |
散乱型については、10nmの分解能が報告されつつ、その一方で増強効果の再現性が課題であったが、その克服に対する最近の進展は著しい4)。ラジアル偏光の利用による高効率化・高コントラスト化は定常化しつつある。増強効果を積極的に活用する応用例としてラマン分光(TERS; Tip-Enhanced Raman Scattering)が挙げられる。図1は早澤(理研)らによるカーボンナノチューブのラマン画像とその局所スペクトル計測例である。チップサイズで決まる空間分解能と共焦点光学系を遥かに凌ぐ感度が確認できる。最近では増強度の高い銀ナノプローブにアルミナコートを施して安定化、長寿命化を図る試みも報告されている。また、シリコンなどの不透明材料への適用を目的として、反射型の開発も急速に進められている。ただし、分解能としては30nm程度であり、透過型と同程度の性能、信頼性を得るためには、もう少し時間が必要であろう。このように再現性向上に対して大きな努力が払われているが、最適化にもまだ十分な余地が残されており、基本性能の今後の進展が大いに期待される。
プローブの展開の方向として、ナノプロセス技術を駆使し、プローブ先端に工夫を凝らすという研究の流れもある。アンテナ構造やBow-tie開口を作製し、分解能と感度の向上を同時に図るという研究例がある。ナノ構造作製技術が安定化し、単なるデモンストレーションの域を脱することが望まれる。
開口型、散乱型を問わず、純光学的な分解能に強く拘らず、プローブを物理的な摂動源として利用し、分解能向上を図るというアイデアも今後積極的に活用されていくであろう。プローブ先端を試料への応力源として機能させ、ラマン散乱ピークのシフト量を計測することにより、シングルnmの分解能が達成されている5)。局所的な電場の発生源とする、あるいは輻射環境を制御するなどの使い方もあろう。汎用性は高くないであろうが、系統的な測定データを蓄積することにより、ナノ領域の電磁相互作用の解明に大いに役立つという貢献が期待される
3.測定波長域の拡大
NSOMの原理は基本的にはあらゆる電磁波に適用可能であり、光源開発や興味の対象の広がりとともに、測定の波長域も拡大している。重要な方向性の1つとして紫外領域への拡張があり、DNAやタンパク分子の観察をターゲットとしている。窒化物半導体による安価なレーザの実現、アルミニウムのプラズモン効果など、今後の進展を後押しする条件が整いつつある。
長波長域への拡張も急速に進んでいる。赤外・テラヘルツ光源開発、メタマテリアルへの興味、このような電磁波領域でのプラズモン効果、フォノンポラリトン効果の活用などがこの流れを推し進めている。プラズマ周波数は電子密度によって決定されるので、これを逆に物性・デバイス評価手段として応用することが期待される。基本的には散乱型による弾性散乱信号の計測となり、エネルギー(波長)でフィルタリングできない背景光の除去が課題となる。変調方法と同期検出技術の工夫により、この問題に対しては概ね対処可能であるが、今後も観察対象の特徴に応じて、さまざまなアイデアが盛り込まれていくであろう。
4.時空間ダイナミクス計測
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Figure 2
Time-resolved imaging of plasmon oscillation in a single gold nanorod. |
フェムト秒パルスによる時間分解分光技術との融合により、ナノ領域の時間ダイナミクス計測が以前より取り組まれている6)。蛍光寿命計測によるエネルギー移動過程、ポンプ・プローブ分光によるプラズモン緩和過程の観察、あるいはもっと一般的には、時間ダイナミクス観察を通して複雑に絡み合う物理過程を分離して理解することを目的とする場合もある。図2は井村(早大)らが測定した金ナノロッドの時間分解イメージ(光励起後 400 fs)である。コントラストは,光励起後の電子温度上昇によるプラズモンモードの変化を反映している。時間分解能としては現在10 fs程度が達成されているが、今後は2-3fsのモノサイクルパルス、また絶対位相制御技術との融合が目標となるであろう。波形整形パルスを用いることにより、単なる観察から時空間ダイナミクスの能動的制御へと展開していくであろう。また短パルスは非線形現象誘起にも適しているため、時間分解分光との相性を活かした新しいダイナミクス計測法の開発が期待される。
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Figure 3
Dual-probe near-field scanning optical microscopy. |
凝縮系においてはキャリア、あるいは励起子の空間移動(拡散)やエネルギー移動現象が起こり、その解明、理解への要求が高い。例えば開口型NSOMの照射モードと照射・集光モードのデータを比較することにより、空間的なキャリア拡散の議論はある程度可能であるが、複数のプローブを用いた移動過程の可視化がより直接的で望ましい。例えば一方のプローブを局所励起源として使用し、他方を走査することによりキャリア拡散の異方性や経路などをイメージングできる。複数のプローブをマイクロメータ以下の距離で3次元的に制御することは容易ではないが、果敢な取り組みによる成功例が報告されている。図3は川上(京大)らが開発しているデュアルプローブNSOMの概要である7)。プラズモニクスや光物性分野をはじめとして、このような空間ダイナミクス測定に対する需要は大きく、今後、新しい装置開発や測定の具体例が徐々に増えていくものと予想される。
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Figure 4
Near-field optical microscopy using a phase-change mask layer. |
複数のプローブの制御という困難を回避するための新しい方法として、筆者らは、プローブを使用せずにNSOMと同等の機能を果たす、相変化光学マスク層を用いた新しいナノ分光法を開発している8)。図4にその概念図を示す。相変化材料は書き換え型光ディスクに用いられるGeSbTeなどのカルコゲナイドである。レーザ照射により、遮光性の高い結晶相と光透過率の高いアモルファス相の間を可逆的に変化させることができる。特にフェムト秒レーザを用いた場合、サブピコ秒スケールで非熱的にアモルファス化が可能である。また、相変化はレーザ強度に対して明確な閾値をもつ非線形過程であり、通常の集光スポット径よりも小さなアモルファス領域(NSOMの開口に相当)を形成することができる。任意の位置で開口の形成・消去が可能であるため、イメージングが可能なだけでなく、複数のビーム照射により、マルチプローブに相当する空間ダイナミクス計測、さらに、時間的な開口制御による時間ダイナミクス計測も可能であると考えている。
5.ユーザの拡大のために
最初に述べた測定の安定性、再現性の強化とも関連するが、NSOMユーザ拡大のための努力は今後も惜しむわけにはいかない。第一に測定時間の短縮はあらゆる意味で必須であろう。基本的にナノスケール領域からの微弱光を扱うため、信号の積算時間が律速となる場合も多いが、AFMで成熟した高速スキャン技術を積極的に導入することは1つの賢明な方向性であろう。例えばフレーム単位で積算をおこない、満足のいく画像が得られた時点で測定を終えるといった方法も検討の価値があろう。また、観察領域へのアプローチを容易にし、全体的に自動化を推進することも必要である。データ取得に至るまでの個々の作業のハードルを下げることは、測定全体の時間短縮にもつながる。NSOMは常に試料表面との間で距離制御をおこなっているので、いわばオートフォーカス状態で走査をおこなっている。NSOMの使用に慣れた人にはこのメリットは大きく、通常の顕微鏡ベースの測定よりも楽だという声も聞こえて来ている。このように、一旦使い始めた人にとっては快適なツールと認識されているという現実を見るに、導入時の物理的・心理的障壁をいかに下げることがいかに重要であるかを改めて感じる。
6.おわりに
顕微鏡の役割は未知の対象について、その構造、性質を明らかにし、さらに理解を深めることにある。わかっているものに対して、あらためてそうであることを確認するための道具にとどまっていては、科学、技術の発展への貢献は期待できない。NSOMをそのような道具として成熟させるには、多くの研究者の手による測定事例を蓄積、共有し、装置の個性と普遍性を明確に切り分け、後者に対しては理論家の助けも借りながら、ナノスケールの素過程の視点から理解を深める努力も必要であろう。いずれにしても地道な研究の積み重ねが不可欠であり、そこから得られるものも大きいはずである。
本ロードマップを執筆するにあたり、早澤紀彦氏(理化学研究所)、井村考平氏(早稲田大学)に貴重なご意見をいただき、その内容を盛り込ませていただきました。ここに厚くお礼申し上げます。
参考文献
- 1) T. Saiki and K. Matsuda, “Near-field optical fiber probe optimized for illumination-collection hybrid mode operation”, Appl. Phys. Lett. 74, 2773 (1999).
- 2) N. Hosaka and T. Saiki, “10 nm spatial resolution fluorescence imaging of single molecules by near-field scanning optical microscopy using a tiny aperture probe”, Opt. Rev. 13, 262 (2006).
- 3) T. Fujii, Y. Taguchi, T. Saiki, Y. Nagasaka, "Fusion-spliced Near-Field Optical Fiber Probe Using Photonic Crystal Fiber for Nanoscale Thermometry Based on Fluorescence-Lifetime Measurement of Quantum Dots", Sensors 11, 8358 (2011).
- 4) N. Hayazawa, T. Yano, S. Kawata, “Highly reproducible tip-enhanced Raman scattering using an oxidized and metallized silicon cantilever tip as a tool for everyone”, J. Raman Spectroscopy 43, 1177 (2012).
- 5) T. Yano, P. Verma, Y. Saito, T. Ichimura, and S. Kawata, "Pressure-assisted tip-enhanced Raman imaging at a resolution of a few nanometers", Nature Photonics 3, 473 (2009).
- 6) H. Okamoto and K. Imura, “Near-field optical imaging of enhanced electric fields and plasmon waves in metal nanostructures”, Progress in Surface Science 84, 199 (2009).
- 7) Kaneta, T. Hashimoto, K. Nishimura, M. Funato, Y. Kawakami, “Visualization of the Local Carrier Dynamics in an InGaN Quantum Well Using Dual-Probe Scanning Near-Field Optical Microscopy”, Appl. Phys. Express, 3, 102102 (2010).
- 8) N. Tsumori, M. Takahashi, R. Kubota, T. Saiki, P. Regreny, and M. Gendry, “Near-Infrared Nano-Imaging Spectroscopy of Semiconductor Quantum Dots Using a Phase Change Mask Layer”, Appl. Phys. Lett. 100, 063111 (2012).