磁性SPMに関するロードマップ
Roadmap in scanning probe microscopy (SPM) for micro-magnetics

保坂 純男
Sumio HOSAKA

群馬大学 大学院工学研究科
Graduate School of Engineering, Gunma University

  1. はじめに
  2. パターンドメディアにおける微小マグネティックス
  3. 磁性SPMの動向
  4. MFM関連技術による高分解能化
  5. 2020年までのロードマップ

1.はじめに

 MFM(Magnetic Force Microscope)技術は、磁気記録の高密度化のために、マイクロマグネティックス、特に、磁性媒体の表面近傍におけるサブミクロン以下の磁場分布の計測技術として開発された。この技術は、1987年、Y. Martin等によって開発され、1)現在では、磁性体表面近傍の微小な漏洩磁場分布が手軽に測定できる手段の1つとして多く用いられるようになった。その後、多くの磁性SPMが提案、研究開発されている。

図1 磁気ディスク技術の記録密度ロードマップ

 一方、微小領域の磁性研究に関しては磁気ストレージ分野の記録メディアに見ることができる。ハードディスク(HD)に代表される磁気記録の記録密度は年々増加の一途を辿っている。現在、約800Gb/in2のものが製品化されようとしている。しかし、ここにきて増加が鈍化し、連続膜を用いた垂直磁気記録方式では高密度化を進めていくのが困難となっている。そこで、次世代方式として,パターンドメディアを用いた垂直磁気記録が有力視されている(図1)。1Tb/in2以上の磁気記録密度では、磁気ドットサイズは15nm以下、ドットピッチは25nm以下にする必要になる。さらに、5Tb/in2では、各々6nm、10nm以下のサイズが研究開発されつつあり、ナノメートル領域のマイクロマグネティックスの研究が重要となってきている。

 ここでは、パターンドメディアにおける微小マグネティックスの磁性研究の動向と、これらの磁気計測に求められる磁性SPMの計測ロードマップを議論する。

2.パターンドメディアにおける微小マグネティックス[1-5]

(1)背景と研究目的

 パターンドメディアの特徴は,人工的に磁性ドットを周期的に配列して,その一つのドットに1ビットを記録する。これにより,熱安定性の確保ができ,1Tbit/in2以上の面記録密度が達成できると期待されている。現在,さまざまな研究機関においてパターンドメディアの研究が進められている。しかし、ナノメートルドットサイズやナノメートルドット間隔 (ピッチ) においての熱安定性は、いまだ実証されていない。とりわけ、微小ドットが数十ナノメートルの間隔で配列した場合に、ドット間の交換相互作用が媒体の磁気特性に与える影響を実験的に明らかにすることは、喫緊の課題である。そこで、ここでは、50nm以下の領域における磁気ドットサイズ、磁気ドットピッチを作成し、どのように保磁力が変化していくかmicro-XMCDを用いて明らかにすることである。

 これまでに、我々はSPring8のmicro-XMCDを用いてパターンドメディアにおける磁気特性の磁気ドットサイズ依存性について検討を行ってきた。ドットサイズは15 nm~100nmまで小さくし、ピッチも25~200nmとより密度を高めた場合のCoPt磁気ドット列の磁気特性をXMCDで測定し、微小サイズで微小ピッチの磁気ドット列の磁気特性を検討した。

(2)実験

図2 ナノサイズ、ナノピッチを有するCoPtドット列のSEM像、(a), (b)ドット径、15 nm、(c), (d) 25 nm.

 SPring8のビームラインBL39XUのXMCD装置を用いて実験を行った。試料の磁気ドット列は電子線描画法とイオンミリング法を用いて試作した。電子線描画法では、高分解能FE-SEMを用いた簡易電子線描画システムによりカレクサレンレジスト上に描画を行った。描画条件は、加速電圧30kV、プローブ電流200pA、アドレス分解能2.5nm、ラスター描画方式である。素子は、ガラス基板にTi膜、Ru膜を付け、その上にPtCo膜を15nm、C薄膜を付けたものを用いた。本実験ではドット径20nmが最小パターンで、これより徐々に大きくし、30nmのドット径のものまで形成した。ドットサイズはサイドエッチングのため、ドット径は小さくなった。

 イオンミリングでは、200eVのアルゴンイオンを用いてイオンミリングを行った。傾斜角度は約10度とほぼ試料に対して垂直に照射し、自転しながらミリングを行った。図2に作製した磁気ドットのSEM像を示す。磁気ドットサイズは、イオンミリング過程でそれぞれレジストドット径より約5nm小さくなった。

(3)結果および考察

 実験ではPt原子のPt L3吸収端である約11.56 keVのX線を用いて磁気特性を計測した。外部磁場は0から±1.2Tまで変化させてXMCD信号を計測して、PtCo磁気ドット列のヒステリシス特性を計測した。実験結果の1例をを図3に示す。これらの曲線からCoPt磁気ドットの保持力のピッチ依存性や孤立ドット想定でのドットサイズ依存性を計測した。

図3  Pt-L3 端エネルギ11.56 keVでの微小CoPtドットのXMCDによるヒステリシス曲線(ドット径、25 nm).

 ピッチ依存性は、隣の磁気ドットとの交換相互作用がある場合からない場合を意味し、交換相互作用のある場合と孤立磁気ドットの場合の保持力を考察すると次のことが明らかになった。

1)ドット径が25nmまでは、通常考えられる磁気ドットの特性を示す。磁気ドットピッチが小さい (ドット密度が高い) 場合は、交換相互作用が強く、CoPt薄膜に近い特性を示す。しかし、孤立磁気ドットになるとストナーのモデルのように磁化はCoPt膜の飽和磁化に近い値となり、大きくなる[6]。

2)ドット径が25nmより小さい場合、ドット径25nmの場合と異なった特性を示す。ドット径が15nmの場合、ピッチが25nmから30nmと大きくなると保持力も大きくなるが、飽和磁化までは大きくならず、極大値を持ち、30nmピッチを過ぎると小さくなり、その後、50nmピッチではヒステリシスが測定できなかった。

3)上記の結果は、CoPt磁気ドットの場合、ドット径が15nm以下では一方向に揃った磁性が安定に存在せず、超常磁性を示すものと考えられる。しかし、この現象の確認にはさらに詳細な検討が必要である。

 結果から、ナノサイズおよびナノピッチの磁気特性が明らかとなり、サイズの大きさにかかわらずピッチが大きくなると共に保持力は増加する。しかし、サイズが15nmでは25nm径での最大値まで達せず、急激に低下し、超常磁性の可能性がXMCD実験によって明らかとなった。非常に興味ある結果が出てきており、ドットサイズやピッチを10nm以下に小さくすると、さらに興味深い現象があるのではないかと考え、磁気力顕微鏡でもこの領域の磁性計測が必要となってきている。

3.磁性SPMの動向

 2005年以降は、微小磁気記録用計測としてMFM技術を中心におよびその周辺技術の動向を予測していた。MFMの探針技術には、カーボンナノチューブ(CNT)を使用し、高分解能化が図られている。また、測定方式はこれまでと同様な方式が用いられている。MFM装置関係では、真空中でのMFM計測などが発表されたが、大きな進展は見られていない。一方、磁気ディスクの記録密度は、現在、製品および研究開発ベースで約800Gb/in2となり、1Tb/in2へと迫りつつある。このような背景からMFMは磁気記録評価およびパターンドメディアの保磁力測定に使用されている。主な、適用例は以下の通りである。

(1)記録ビットの書き込みあるいは消去状況の評価
(2)1000kFCI(ビット長:約22nm以下)以上の評価(高分解能観察)
(3)パターンドメディア用微小ビットの磁化測定
(4)半導体配線の微小電流の測定

 上記のように、分解能に関してはビット長22nmのものが観察できることから10nm以下の分解能があると言える。今後は、グラニュアル膜への垂直磁気記録からパターンドメディアへの垂直記録に移行するものと考えられる。また、パターンドメディアの記録評価にも適応されており、将来的のビット径は10nm以下となり、微小部の磁気特性の計測が必要となる。したがって、さらに高分解能なMFM技術の開発が必要となる。このためには、高分解能化と共に高感度化も必要となる。

 新しい計測方法としては、MR探針によるSPMが発表され、MFMと同じように超高密度磁気記録パターン観察可能であることが報告されている。これらは、漏洩磁束分布を計測する方法である。この方法では、磁区の分布や微小磁気ドットの磁気特性などを計測することはできない。磁区を計測するには、近接場偏光顕微鏡[7]やスピン電子プローブ顕微鏡が必要である。前者は光ブローブであるので磁気特性も計測できるが、後者は磁区のみとなるなどそれぞれ検出パラメータや計測環境を考慮することが重要である。

4.MFM関連技術による高分解能化

図4 探針試料間距離に対するMFM探針径の変化、(a)計算モデル、(b)等価的探針径の変化(分解能)、(高分解能化には試料表面にコンタクトする必要を示唆)

 MFMの高分解能化には、探針試料間隙をできるだけ小さくすること探針の先端径を小さくすることが筆者らの研究で明らかになっている。図4に探針試料間距離に対するMFM分解能について示す。[8]探針試料間距離を小さくすれば、分解能は向上することが明らかになっている。しかし、試料に近づくにつれ、原子間力の影響が強くなり磁気力を上回るため、探針試料間距離を10-15nm以下に近付けることができない。これは、原子間力が近距離力に対して磁気力が遠距離力のために、原子間力が影響しない探針試料間距離で計測することが重要であることを示している。そこで、これまでには、上述の通り探針の先端径(探針の開き角)を小さくすることにより高分解能化を図ってきた。

 一方、探針試料間距離を原子間力の影響をできるだけ小さくし、高分解能化を図る試みはこれまでに幾つかなされてきた。最近、その技術が確立されつつある。古くは、筆者らが提案した試料表面に接触しながら原子間力勾配を一定にし、力勾配の変化を磁気力変化として計測する方式(接触型微小振動方式)を提案した。最近になり、原子間力の影響を除くため、磁気励振により原子間力を除去した磁気検出方式が研究されてきた。最近の話題を以下に述べる。

1)NF-MFM(ベクトル磁場検出・近接場磁気力顕微鏡)[8]

図5 高密度垂直磁気記録膜のNF-MFM像(a)とMFM像(b)の比較とそれらのスペクトル(c)とNF-MFMプロファイル(d).

 測定原理は、強制振動している磁気探針にその共振周波数と異なる非共振の磁励交番力を加えると、探針振動に周波数変調が発生する。探針を共振周波数で励振した場合、探針振動の振幅は変化せず、探針の周波数のみが加えられた交番力の周波数で変化する。この周波数の変化は、カンチレバーのばね定数の変化に関係している。また、このばね定数は、振動方向の磁場の勾配に比例する。従って、このばね定数の変化をロックインアンプで検出すれば、交直磁場、ストロボ磁場、ベクトル磁場計測が可能となる。この方法により、磁気ヘッドの交流磁場分布、垂直磁気記録パターンの磁場分布などを測定した。その時の探針試料間距離は2-3nmに設定している。図5に高密度垂直磁気記録パターンの観察例を示す。探針はFeCoソフト磁性探針を用いて計測したものである。約650kFCIのパターンが計測されているのが分かる。分解能は信号スペクトルのSN比から約6nmと述べている。

2)強磁性共鳴を用いた磁気交換力顕微鏡[9]

図6 強磁性共鳴を用いた磁気力顕微鏡による垂直磁気記録像

 この顕微鏡は、強磁性体をコートした探針先端にマイクロ波を照射し、探針の磁化状態を強磁性共鳴により変調し、探針・試料間相互作用力の変調成分検出し、磁気交換力分離機能を持つ交換力顕微鏡である。ハード的には、非接触AFM(NC-AFM)をベースに強磁性探針およびマイクロ波印加機能を持つ磁気交換力顕微鏡である。図6に約200kFCIの高密度垂直記録を持つ記録パターンの磁気交換力顕微鏡像を示す。記録媒体は、CoPtCrであり、探針はFePtである。分解能としては、10nm前後であると考えるが、原子分解能を持つNC-AFM機能と完全にマッチできれば原子分解能の磁気力顕微鏡が実現できると結んでいる。

 以上のように、外部磁気励振手段を加えることで試料近傍の磁気情報が計測できるようになり、高分解能な磁気力顕微鏡像が実現できる可能性が見えてきた。

5.2020年までのロードマップ(図7)

 磁気ディスクの記録密度のトレンドは、2016年、2020年には、各々1.2Tb/in2, 4.8Tb/in2となると予測されている。グラニュアル膜を用いたものでは、トラック方向の密度が問題になってくる。トラック長50nm、ビット長10nmとすると、記録密度は約1.3Tb/in2となり、グラニュアル記録膜での磁気記録は不可能となると予測される。一方、パターンドメディア媒体では、1.3Tb/in2のためにドットサイズが15nm前後でよく、また、ドットピッチも20nmピッチとなる。このサイズは、実現可能なものであり、2016年以降はこの記録方式に推移すると考える。このように、将来の磁気記録では、パターンドメディア記録方式が本格的に採用され、磁気ドット径、10nm以下、ドットピッチ12nm以下の計測が必要となる。これを実現するためには、高分解能なMFM計測が必要となり、真空中でカーボンナノチューブ(CNT)を用いた高分解能MFM計測が必要になってくると考える。また、これまでの分解能は、1次元的な計測評価であったが、パターンドメディア記録では、2次元的な計測評価が必要であり、2次元的な分解能の検証と向上が必要になる。この辺りの記録密度から漏洩磁界を使用した読み出し方式が適しているか議論が活発になり、MFM技術の向上かあるいは他の方式の評価法かが真剣に議論されるであろう。

 また、最近のMFM関連技術の進展にニア―コンタクト型磁気力顕微鏡がある。これらの概要は、上記のように説明した、これらの技術が実用化に向かって進展していくと考えられる。

 一方、ナノメートルサイズの微小磁気ドットの磁性計測は、今後、非常に重要となってくる。このため、磁気ドットの磁区がどのようになっているか高分解能な磁区像観察ばかりでなく、外部磁界に対する磁化の変化、即ち、ヒステリシス特性の測定が必要となる。XMCDに見られる磁気特性の計測がプローブ顕微鏡で実現できるとマイクロあるいはナノ磁性の研究に大きく貢献できると考える。

 従って、上記機能を持つSPMとしては近接場偏光顕微鏡(kerr-SNOM)技術があり、この技術による微小磁気ドットの高分解能観察と個々の微小磁気ドットの磁化特性計測が、これまでのロードマップに入ってくると考える。

図7 磁気記録計測におけるSPM利用ロードマップと周辺技術の推移(2012)

参考文献

  1. 1) S. Hosaka, Z. Mohamad, T. Akahane, T. Komori, Y. Yin, to be published in Key Engineering Materials (2013).
  2. 2) Sumio Hosaka, Yasunari Tanaka, Masumi Shirai, Zulfakri Mohamad, and You Yin, Jpn. J. Appl. Phys. 49, 046503 (2010).
  3. 3) M. Takagaki, M. Suzuki, N. Kawamura, H. Mimura, T. Ishikawa, IPAP Conference Series 7 267 (2006).
  4. 4) Y. Kondo, Y. Kondo, T. Chiba, K. Taguchi, J. Ariake, M. Suzuki, M. Takagaki, N. Kawamura, B. M. Zulfakri, S. Hosaka and N. Honda, J. Magnetism and Magnetic Materials 320 3157 (2008).
  5. 5) Sumio Hosaka, Yasunari Tanaka, Masumi Shirai, Zulfakri Mohamad, and You Yin, Jpn. J. Appl. Phys. 49, 046503 (2010).
  6. 6) 保坂純男、ナノプローブテクノロジ第167委員会 第69回研究会資料pp.44-47 (2013).
  7. 7) Sumio Hosaka, Takayuki Shimizu, Kentaro Mine, Keisuke Shimada and Hayato Sone, J. Phys. Conf. Ser., 61, 425-429 (2007).
  8. 8) S. Hosaka, A. Kikukawa, Y. Honda, and T. Hasegawa, Appl. Phys. Lett. 60, 3407-3409 (1994).
  9. 9) 斎藤 準、ナノプローブテクノロジ第167委員会 第69回研究会資料pp.10-16 (2013).
  10. 10) 菅原康弘、ナノプローブテクノロジ第167委員会 第69回研究会資料pp.26-28 (2013).
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